2012年7月9日月曜日

赤と黄色

夢の中で


洋風の部屋の中に居て   窓辺は   テラスがあって


赤いラタンの扉が   風で開いたり閉まったりしていた


その先には   金色の麦畑が広がっていて


ここはとても空気のきれいな高地だから


もう雲があちこちに掛かっていて


綿雪のような雲が   麦畑に落ちていて


部屋に入ってきた雲を   部屋の外を見ながら


私は母と食べていた


遠くには   青い山がある


前に夢で見た   あの青い山かもしれない





母はまた   ご近所さんの話をしている


その時お隣に住むおばさんのAさんが


突然醜いせむしのような姿


妖怪のような   昆虫のような姿が


私の中で浮かんだ




急に


赤いラタンの扉が   バタバタと締まり始め


私たちは閉じ込められてしまった



どうしたの!?



それはお向かいの幼馴染のKちゃんの仕業だった


どうしたの?


私がKちゃんの顔を伺うと


��ちゃんは部屋の中を逃げ回った


その顔は涙で濡れていた


私が理由を尋ねても


ただ泣き顔を見せるばかりだった




年上の勝気なKちゃんの泣き顔を


私は一度も見たことがないのに





ライ麦畑
こんな風に雲が黄色い麦畑にかかっていた。夢では右端に青い山の裾野が見えた。


私が育った家は、広いグラウンドを持つ学校のバックネット裏だった。
��ちゃんの住む家の並びは、目の前のグラウンドのおかげでとても日当たりがよかった。

日当たりのいいグラウンド沿いの家々は、なぜかどの家も不幸が襲っていた。Kちゃんの家は、母親が不倫に走って家を出た。そのお隣は母親がガンで早逝し父親が経営していた会社がバブル後に倒産し、家を手放した。そのお隣も自営の会社が巨額の負債を抱え、一家は家を出た。

更にそのお隣には異様な風貌をしたおばさんが子供たちに「魔女」と呼ばれ、ゴミ屋敷に住んでいた。
そのお隣は、母親がガンで40代の若さで亡くなった。

考えてみたら、穏やかな住宅地であるその一帯で起こる不幸は、全部そのグラウンド沿いの並びにしか起きていなかった。その界隈で、南向きの一番いい立地にある家々に、全ての不幸が集中していた。


夢の中でせむし姿で現れた醜い妖怪は、私の家のお隣のAさんで、幼稚園の園長さんだった。
悪いうわさは何もない。私は顔も覚えていない。

でも、確かにそのAさんが妖怪のような姿をしているのを私は見た。「餓鬼」のような感じだった。子供の大きさしかなかった。まだ専業主婦が多かった時代、公務員となって幼稚園や児童館などの館長を務めていた。だから実際ほとんど家に居なかった。

もし仮に、本当に仮に、推測でしかないけど、もしオババという存在が居たとしたら、それは単に不幸が見たいんじゃないかと想う。自分にとって何の利益もなく、ほとんど関わりのない人たちに対しても、単に他人に不幸が襲っているのを見たいだけ。じゃないと説明が付かないんだが。曲者はもっと他にもいたのにw

近所で起こる不幸とオババは何の関係もないかもしれない。でもKちゃんのことを想いだすたびに、あの時期に立て続けに起きた近所の不運を思わずにはいられないのだ。不幸と呼べるほどのものではないが、運気の低下は我が家も例外ではなかった。

公務員で子供たちの管理者を歴任しているってなると、まあいかにもなんだけど・・・。

こうやって少しずつ皆が皆の正体を知っていくのかなあ・・・。




夢の中で私が居た部屋は赤いラタンの扉だった。これは鳥居じゃないだろうか。外の小麦畑?田んぼ?に引っかかっていた浮かんでいた雲は想念体を表していないか?私は部屋の中に入ってくる雲(想念)を食べていた。

赤い鳥居は集合意識の囲い。夢の中で部屋に居るときというのは、囲われていることを示している。
夢は本来もっと自由だから。

外に広がる麦畑の金色が眩しかった。遊郭に居たときの夢も、外の世界は黄色の暖簾の向こうに広がっていた。そして私はその向こうに行くことができなかった。囲われた外の世界はなぜか金色の、眩しい光に満ちている。部屋の中はいつも薄暗い。

赤や黄色は境界にある色なんじゃないだろうか。境界を示すというか。
信号はなぜ赤や黄色で「止まれ」なのだろうか。
海の色の青で「進め」になる。

赤は血や炎の色だから潜在的に恐怖心を覚えさせる。
デンジャーゾーンは黄色と黒のストライプ。印象に残りやすい色ということなのだろうか。


黄色い炎danger-warning-sign-with-yellow-and-black-stripes.jpg



「炎」で画像検索した結果

結果が表示されるとすごいビビります・・・w
やっぱり炎には潜在的に恐怖を感じるのかもしれない。
炎は赤だったり黄色だったりする。

2012年7月6日金曜日

地球という脳

夢を見る前に


��Vで聞いた「写経」という言葉が   頭に残っていたせいかもしれない


そしてその言葉を口にした芸人のことが


とくに興味もなかったのに   なぜか頭から離れなくて


ぐぐってみようと想っていたんだけど


やっぱり元々大して興味がないから   調べもせずにいたら


夢を見てしまった


そしてその夢を見てから


その芸人のことは   気にならなくなった


そうやって   集合意識は   電波に乗っている人間を使って


夢に侵入する   


芸能人や有名人はそうやって   後ろの集合体の使いに


なっているわけだ





インド料理のナンのような形をした巨大な雲が


たくさん   空いっぱいに   埋め尽くしている


その雲には   象形文字のような


墨で書かれた絵文字が


呪符のように


それぞれ書かれていて


大空は   墨で書かれた字で   いっぱいだった




怨霊さんかな?と想って   心を開いたら


体がぞおぉぉ~~~としたので


どこから来たんだろうと想っていたら


「それは仏教」


という声がした






起きたとき   これまでにないくらい


疲労して   力が入らなくて


しばらく動けなかった





考えてみたら   仏教の世界は


ほとんど潜在意識や集合意識


瞑想や修行   座禅   滝行


見えない世界にいかにアクセスするか


そればっかりやっているわけで


その世界のエキスパート


想念体で雲を作ったり


夢の技法を使うのは


朝飯前なのかもしれない




ぐったりした体に


急いで   生野菜   生魚を食し


お風呂に入って


パワー注入したんだけれど


それでも疲れが取れない



ふと前日にブログに張り付けた


イルカの動画をしばらく観ていた


他のイルカの動画を


観るわけでもなく流していたら


いつの間にか   回復していた


回復したどころか


逆に力がみなぎって


こんなに体が軽いのは


久しぶりかもしれない





夢の技法を使われた時


悪夢を見たとき


イルカの動画がいいみたい


別に見なくても


動画を流しているだけで


イルカの波長が   潜在意識に伝わってくる


ただ流しているだけでいいのです




脳の中に張られてしまった蜘蛛の糸を


イルカの泳ぎが   テレパシーが


取っ払ってくれます





海は潜在意識そのもの


イルカの泳ぎは   潜在意識の波長を


海の波に合わせてくれる


それは人間が   人間になる前の


遠い遠い昔の波長   揺らぎだから


そこに合わせれば


何も怖いものはない


陸に上がるまでの


全ての生き物   進化の過程


その全ての護りが   私たちには付いている


その全てを   目覚めさせる


味方につける




陸は顕在意識で   海は潜在意識


イルカたちの動きは


海の波長を   波を作っている


海の中を泳ぐイルカは   


私たちの潜在意識の中を   泳いでいる


地球という   一つの大きな頭の中で


私たちは陸にいて   言葉を操り   意識の上で生活して


イルカたちは海の中で   波を作り   意識下で泳いでいる


私たちは交信している


海の哺乳類と


私たちの仲間と



地球は一つの思想   イメージ


海の仲間と   陸の仲間が作り上げる


地球という夢は


私たちの頭の中


だから全部   繋がっているの


映し出される   反映されるの








2012年7月2日月曜日

北の海から

��V番組で   モンサンミッシュエルを特集していた


過去記事でモンサンミッシェルについて書いたけれども


その内部については知らなかった




モンサンミッシェルは   ロマネスク様式とゴシック様式の建築が


時代を経て積み重ねて建てられて


あの牙城のような外観になったらしい



内部の映像を観ていたら


東大病院の夢を見たときを想い出して


意識が遠くなる



東大病院の建築は   ゴシック様式を取り入れているけれど


恐らくそれは外観だけだろう


けれども私は夢の中で


既に東大病院の中に居て   そしてその中は


モンサンミッシェルとそっくりの   ゴシック様式だった


夢と現実の内容が逆になっている




モンサンミッシェルゴシックモンサンミッシェルロマネスクゴシック回廊



この回廊を私は歩いていた


そして東大病院だと想っていたそこには


ジェンキンスさんが   暗闇の中にいた




モンサンミッシェルは   フランス革命後


監獄だった時代がある



ジェンキンスさんといえば   佐渡ヶ島


まるでモンサンミッシェルのような   北の孤島


佐渡ヶ島といえば   絶海の流刑地






ジェンキンスさんの心は


今でも   囚人のように   閉じ込められているのかもしれない


それが 心象風景として


モンサンミッシェルの   ゴシック様式を通して


私の夢に現れたのか



佐渡ヶ島は金の産地でもある


潜在意識の世界に   発信する力があったりするのかな




芸術や建築の様式は


それ自体   潜在意識の世界で   記号のような役割をする


潜在意識は図形の世界


その時代の様式は   図形となって   様々な記憶を結び付け


そこに流れる想いを   浮かび上がらせる




モンサンミッシェルや   佐渡ヶ島は   罪人の流刑地というより


政治犯   朝敵とされた者が


時の支配者に追われた地でもある


モンサンミッシェルには   フランス革命後


政治犯が収容され


佐渡ヶ島も   順徳天皇や日蓮が


流された歴史がある


最果ての地で尽きた怨念が消えずに


渦巻いて


蘇ろうとしているのか




牢獄というキーワードから読み解けば


モンサンミッシェルと佐渡ヶ島を結びつけた


東大病院にも


閉じ込められた魂が 居るのかもしれない


標本にされた赤子の魂


白い巨塔に


切り刻まれた   養分たちの魂が


彷徨っていても不思議じゃないよね


それが彼らの


力の源泉だったとしても


不思議じゃないよね


佐渡ヶ島の歴史


モンサンミッシェルの番組を観た二日後に、今度は佐渡ヶ島の様子がテレビで流れていた。
こんな偶然ってあるんだろうか・・・

ZIPPEI 佐渡ヶ島の旅

2012年7月1日日曜日

盗電とはよく言ったもので

その晩   私は東電に   腹が立っていたんだと想う


『脱原発案  全て否決』


株主総会で見せた   首脳陣のふてぶてしさに


あの組織の力は何だろうと   どこから来るのだろう


そう想っていた






夢の中で   


私は電力の謎を探る   レンジャーのようで


調査のために


街中を   縦横無尽に走り抜けていた
��「ダークナイト」を観たせいね・・・)


民家の軒先を駆け抜けていると


たくさんの猫が   私を見上げて


前足を挙げて   応援してくれた


何十匹も   大勢の猫は


この世界では


幽体で   私にしか見えないようだ


民家の軒下には   住宅街には


幽体の猫が   半透明の姿で


たくさんうろうろしている




空を   電線沿いに   まるで電流のように   駆けていく


電線に走るエネルギーを感じたとき


ふと   売春している女性の絵が浮かんで


私は


そうか!


遊女さんか!


と夢の中で   叫んだ



東電のあの組織の異常な権力は


遊女さんのエネルギーを   利用している


そう気づいたとき


遊女さんの集合体   エネルギーが


まるで潮が引くように


すーーーーーーっと


電線から   東電から離れていくのが見えた





もうすぐこの世界から   電気が消える





住宅街を駆け抜けて


繁華街へ飛んで行った


賑やかな街角には   たくさんの建物に


たくさんの看板がある



私はビルの一角の屋上に立って


反対側にある   デジタル時計の   巨大な   真っ赤な電光掲示板を


見つめていた



「14:○○」



あと約6時間後



「18:○○」


になると   この世界から電気が失われる


私はその時刻になったら


キックして


この世界から去らなければならなかった
��「インセプション」ね・・・)


夜が近づくにつれ   明かるくなるこの街が


もうすぐ消えていくのを   ただ見ていた





109.jpg

timessquere.jpg



江戸幕府は遊女さんのエネルギーで支えられていた。でも、大政奉還によって遊女さんのエネルギーは自由になったわけじゃないようだ。結界がある間は、考えてみたら自由にしてあげなければあちらの世界で漂っているだけなのかもしれない。
どういういきさつで電力会社がそれを集めたのかわからない。戦後東電ができるまでは、電力は地域発電していた。東電が集めたというより、独占的に編成された組織の巨大な電力エネルギーに、遊女のエネルギー・想念が乗ってしまったのかもしれない。

自分でもよくわからないけど、この会社から実際遊女が生まれているし、それがこの会社の実体を暴き出しているようにも想える。


東電のパワーの正体が遊女さんのエネルギーだと気づいたとき、まるで遊女さんはそれがバレタことから逃げるように?、それとももう気づいてくれたから?、東電からすーーーーっと離れていった。


夢の中の繁華街がどこなのか、探すのには随分苦労した。潜在意識の世界は本当にぼ~っとしている。しかも自分はどっかのビルの屋上から眺めているので余計わからない。

覚えているのは三叉路に高い塔のようなビルがあってその上の方に赤い印があったことだ。

遊女繋がりで歌舞伎町のような気がしていたが、NYのタイムズスクエアのようでもあった。何度も反芻していると、それが渋谷ハチ公前のような気がした。そして109前の交差点とその赤いマークを見たとき、どうやら渋谷らしいことがわかった。

考えてみたら、渋谷は歌舞伎町よりも遊女な街だ。109のすぐ先にはホテル街の神泉があって、東電事件の現場にもなった場所。東電のエネルギーを調べていたら渋谷に連れて行かれたのか。

109とタイムズスクエアがごっちゃになるほど夢の世界は曖昧。この二つの街は対応しているかもしれない。渋谷に変化があったら、NYにも変化があるんじゃないだろうか。

遊女の街がけばけばしいネオンに彩られているのは、遊女さんの電気エネルギーのせいかもしれない。あのネオンの一つ一つに遊女さんの想念が宿っているとしたら・・・。吸血鬼がネオン街が好きなのは、遊女さんの想念を美味しく感じるからだろう。桜の下の花見と同じようなものだ。

渋谷の街の電光掲示板はこの世界の電力のカウントダウンのような気がした。
もしかしたら、これからは、今のような発電の仕方では電力は不安定になる気がする。東電はバックボーンを失ってしまった。

日本の電力が安定していたのは別に東電の技術力でもなんでもなくて、遊女さんのエネルギーが乗っていたからかもしれない。フクシマのお粗末さを見ていたら、あの会社が腐っていたのがよくわかる。決して安くない電気代に、節電どころかまるで憑かれたように過剰なまでに電気を供給し続けたのはなぜだろうか?渋谷や歌舞伎町といったネオン街をひたすら照らし続けたのはなぜだろうか?エネルギーに味があるなら、よっぽど美味しかったのだろう。世界でも日本ほど夜が明るい国はない。去年の計画停電で、多くの人がこれまでの明るさに疑問を抱いたはずだ。

大量発電・大量送電はこれからも可能だろうか?自分は怪しいと想っている。あの会社があれほど傲岸不遜な経営を続けられたのも、見えない力の支えによって、大きな力を手にしていたからで、それが失われたら、現場や組織の隅々、インフラにボロが出始めるだろう。組織というのは大きくなればなるほど、それを維持する想念の力が必要になる。

これからは地域発電や、地球の力を借りる地熱発電に切り替えて行く流れが生まれることを期待する。太陽発電がどうも効率が悪いのは、それが地球のエネルギーじゃないからかもしれない。これから自然の緩衝が増えていくのは同時にこの世界における地球の、大地のエネルギーの増加と考えれば、地球の外にある惑星を頼りにするより、地球上に渦巻いているエネルギーを有効に活用できる方策を探った方がより大きなエネルギーが得られるような気がする。

2012年6月25日月曜日

フジヤマ

東へ


夢にこんな光景が現れた   


四国の山々は   もっと高さがあって   富士山のような


富士山よりも   もっともっと大きな


エベレスト級の   宇宙に届きそうな


大きな山が   香川県の辺りにあった


空から   瀬戸内海を   四国を   眺めていた


北上していたのだろうか




この光景の後   四国を   瀬戸内海沿いに


なぜか列車に乗って   移動したんだけどw


   

一瞬   まるで空でも飛んでいるように   瀬戸内海を


四国を   一望できる所に居たのは


なぜだろう






大きな地図で見る


でっかい山があった位置を調べてみると


香川県の   大川山と竜王山の辺りのような


その下の徳島県の方に   剣山があるけど


大川山と竜王山の辺りに


何か大きなものが   大きなエネルギーが


富士山が   藤の山なら


なにか藤の集合体のようなものが


あるような



香川県のあたりにあった山はこんな感じ


フジヤマ


青紫色の尖った山だった


そういえば   藤の色かもしれない


この地に何かあったのだろうか   何があるのか?


藤=富士=富の士=富族、か。

2012年6月24日日曜日

海を探す

夢で見た光景に注意を払う人はほとんどいない。日々の生活が忙しくて、夢の世界のことなど構ってられない人がほとんどだろう。私のようなオカルト好きな暇人でもない限りw

でももし時間があるなら、興味があるなら、夢で起きたことを心に留めておいてほしい。起きた時にメモったり、通勤通学途中で反芻してみたり。夢の意識は目覚めたときに終わりではないのだ。目が覚めても夢の世界の意識は続いている。ただ表に現れてこないだけ。

おかしな光景を見たな、と想ったら、それは貴重な情報だったりする。なんとなく印象的な夢だったら、それをネットで画像検索かけてみるといい。ググっていると、だんだん夢を見た時の意識が蘇ってくる。そこでまた夢の世界の細部が明らかになったりする。ネットは電波だから、それを夢の意識に対して扱うことによって、通すことによって、より鮮明にその世界を見ることができるのだ。

私がブログで書いているものは、夢を見た後数日経って書き始めたものもある。どうしても記事に値するものとは想えなかったからだ。そんな夢でも、PCで書き始めてついでに画像を探してみると、その夢のメッセージが見えてくる。ようやくそこで夢の意味がわかってくることも多い。

夢というのは必ず何らかの意味があるそうだ。だけどそれがただの夢だと想われるのは、ほとんどの夢が夢を見たときにはその意味がわからないせいらしい。

夢日記をつけている人はいると想うけど、その夢のイメージについてネットで探す人はあまりいないかもしれない。
夢は書いただけでは、もちろん書かないよりマシだけど、その夢が何を教えてようとしているかを知ることが大事だと想う。そしてそれは難しいように想えて、ネットというツールによって、どんどん簡単になっている。

起きているときも夢を見たときの意識は意識下で流れている。PCやネットを通してその夢の意味を探っているとき、再びその夢を見たときの意識に潜っている。今度はより意識を保って、明晰夢よりも客観的にその世界の象意にアクセスすることができる。

そうやって夢の意識を想い出しながら反芻していると、これはもしかして自分で創作しているのかも?と想うときもあるだろう。夢の続き、夢の細部を自分に都合のいいストーリーで作り上げていないか?と。

でも、そこに意図的なものがない限り、その創作すらも何かしらのインスピレーションに基づいていて、そのアイディアは夢と同じように潜在意識から降りてきたものだといえないか。そこに余計な意図を挟まなければ、起きているときの創作も寝ているときの夢の中の出来事も、同じようにある意識がもたらす創作であることに変わりはないと想う。優れた芸術家は優れた予言者でもあるように、創作物というのは夢ととても近い次元にあるものだと想う。

ただ、この作業は夢を見た自分を巫女とすると、起きた自分がその審神者になることでもある。なので、創作物としての出来よりも、いかに審神者に徹するかが大事なのは言うまでもない。

夢日記を書いただけでは勿体ない。ぜひその夢のイメージを検索してみてほしいと想う。ネットは潜在意識を表した蜘蛛の巣のようなものだから、きっと誰かの、何かの意識にアクセスしているし、それは夢の世界と同じことなのだ。

能力のある人は夢を見ただけでわかるんだろうな。でもない人はないなりに、方法はある。続けていくと段々夢で情報を貰えるようになる。夢日記に検索したイメージを載せてブログに書いてくれると嬉しい。他人の夢の話は大抵退屈だけどwイメージが一緒にあればとても興味がそそられる。夢は誰でも見ている。大事なのはその意味を知ること。知ろうとすること。夢の世界を解明することはこの世界を解き明かすことでもあるから。




サンゴ

2012年6月23日土曜日

政(まつりごと)は祭りごと

夢の第2層に   大阪某知事が現れた


台風の日だったせいか   雨の中


車が行きかう路上の   反対側から


私の方に   満面の笑みを浮かべて   駆け寄って来て



「もう海には潜らないのですか?


最近海に潜ってないのですか?」




と声をかける


私がダイビングが好きだと   知っているようだ


知事とランチを取ることになった


昔の大阪出身の友人と   雰囲気が被っている



「議会では、主流派ではなく、傍流派が力を付けてきている


傍流派をなんとかしなければいけない」


と   食事をしながら喋っていた



そして私にも協力を求めたけど


私の態度が変わらないのを見て   すぐに消えてしまった


そして1層の夢に戻った





大阪知事のエネルギーが   夢の浅いところから


もう少し深いところで   選挙活動


エネルギーの支持集めをしているようだ


もしかしたら   もう彼の視点は


国政に移っていて   全国から


支持を集めようとしているのかもしれない


浅い夢だと気づかれるから


もう少し深めの所で   集めて回っているのかもしれない


私が昔   海に潜っていたから   何か勘違いをしたのかもしれない


友人に似ていたのは   しばらく会っていないせいかもしれない


その二つが一緒になって   夢の中で   形を成したのか





夢の第1層に戻ると   実家の部屋のでうたた寝している


そうだ   自分がどんな姿をしているか


鏡を見てみよう


そこに現れた鏡は   白い縁をした


ヴェルサイユ宮殿にもありそうな   ロマン風の額縁だったのは


その日テレビで   グーグルで世界遺産が見れるとかで


ヴェルサイユ宮殿の中が映し出されたせいかもしれない


そこに映った私の姿は


真黒く   黒光りした   濃い髪の毛を


ざんばら髪にしている   ヤマンバのようで


なんでこんなに髪の毛をバラバラにしているんだろう


髪の毛は   長くはないけど   すごい量だった


どことなく昔の友達に似ている   ずっと見ていると彼女になった


黒髪と美しい肌が印象的だった彼女





そしてまた   夢の中で   目を閉じると


不思議な白いホールのような   白い教会のようなところにいて 


牛小屋のように   干し草と    西部劇に出てくるようなバーの


入り口にある木の押し扉があって


その向こうには  祭壇に位置する場所に 


なぜかトランポリンがあった   誰かが飛んでいた


たくさんの人が立って   それを見上げていた


私も母と一緒に眺めていたけど


そこで私も   飛ぶことを勧められ


嫌だったので   トイレに行くと母に告げ


その場を離れた


トイレは   ガラスのような   プラスチックような


素材で出来ていて   ツルツルとして


各トイレには   扉が一つもなくて


なのに狭い所で   迷路のようになっていて


こりゃあ無理だと思ったら   目が覚めた




白い教会white church


ググってみたら、近いものがあった。特に右の写真を見たときは息をのんだ。
けれど、もう少し横に広い造りだったので、ドンピシャのものは見つからないようだ。

白い教会で探すと、観光名所のような豪華絢爛な教会ばかり出てくる。でも私が夢で見たのは、白い漆喰の殺風景な建物だった。藁が敷いてあって牛が出てくる扉があって、なんとなくここはスペインだと思った。ああ、闘牛場の牛が登場してくる扉だったかもしれない。牛がいなかったのに牛小屋だと思ったのは。母が一緒だったのは母が去年スペインに行ったせいかもしれない。


Cattle-shed-Stable-main.jpg

漆喰を使った牛舎。この天井を高くしたようなものが、上の教会のように見えた。


祭壇の位置にあったトランポリンは、確か男性が、白人男性が、とても真剣な顔して飛んでいた。
トランポリンの男性は、グリコのマークのように見えた。それは十字架に掛けられているキリストと似ている。十字架を見なかったのにあそこを教会だと思ったのはそのためだ。


グリコのマーク

トランポリン選手が飛んでいる姿に似ている。ユニフォームも。両手挙げてキリストのポーズにも見える。


私があそこで飛んでたらどうなったんだろ?
なんとなく祭壇のトランポリンは生贄のように想えたのだが・・・
このマークの赤がなんとなく血を連想させる。
トランポリンの側に行って白と赤のストライプだったのを覚えている。血と骨・・・


教会の真の力は、一見素朴な姿をした村の教会にある。豪華な大聖堂や美しい教会には何も力がない。それより村の、漆喰で出来ただけの一見牛小屋のような建物に、大きな力がある。まるで小屋のような教会に集う村の人々に、牛小屋に入る牛の姿が重なる。それが潜在意識の世界で養分と見なされる。だから実際養分となる。


今スペインが危機らしい。ギリシャよりもヤバイとか。教会に行かない信者からもエネルギーを集めようとしている気がする。旅行に行っただけで営業がやってくるwなんかサッカーとかも入れ込み過ぎるのはあんまよくない気がする。ちょうどW杯やってるし。