2012年9月25日火曜日

北風も太陽も

びっくりした


なんとな~く   いい気分で寝ていたら


いきなり夢が現れた





お気に入りに入れている   あるブログ


ここでも紹介したことがある


M○のブログさん


この国に張られた結界を詳しく解説されていたり   


ムー大陸の謎を   検証していたり


時折参考になる解説が載っているので 


アセンション誘導者だけれども 


そういう部分は   総スルーして


私は生暖かい目で見ながら


読ませて頂いて   必要な情報だけ集めていた


最近マイコプラズマ肺炎にかかって   入院されていたらしく


ここ数日   ブログをupしていない




そのブログサイトと   ブログ主さんの名前が現れた


私は実家の昔の   二階の部屋に居て


なぜか炬燵で寝転んでいて


ブログ主さんは   私に   彼女の講演会のハガキを送っていた


私がそのハガキを見ると


彼女の活動の映像が現れて


まるで80年代の   ビデオテープに撮ったような画面で


アイドルの○野友美によく似た少女が映っていて


私はそれが   オ○ムが当時   テレビ局に送っていた


映像のように見えた


彼女は黒い背景に   画面に向かってドアップで


自分たちの活動の素晴らしさを説いていた




私はなんとなく   行かなきゃいけない気にさせられたけど


とても行きたくなかったので


そのハガキにある講演会の時間は   2時20分からで


気が付くと   もうその時間だったので


や~めよっと   再び炬燵で寝っ転がってたら



襖を開けて   ヤクザ顔の角刈りをした男が   膝を付いて顔を出し


行った方がいいですぞ


と言った



私は知らない男が家に上がり込んできたのに驚き


叫び声を上げて   追っかけたら


男は下に降りて行って   座敷から外に出て行くのが見えた


私は自宅の電話で110番したら


警察は   あ~?  という感じで   真剣に取り合ってくれず 


男は庭で   オ○ムのシスターズ  菊○容疑者のような女性と一緒に


黄色い袴を脱いで   半裸になって   踊りながら騒いでいて  


どうやら男は   ヤク中のようだった


私が警察に電話していることを知ると


男は   家の中に戻ってきて


持っていた短刀を抜いて


狂ったように私に向かって   襲いかかった


私は受話器を男に向けて   警察にどうしたら信じてくれるのか


一生懸命考えていたけど


男にぐさっと刺されて   


死んでしまった









・・・・ところで   まるでインセプションのように目が覚めた    


(- _ - ;;) フウ  コワカッタヨ―   




決して忘れない


まあ毎度のことかもしれませんが、夢の話にお付き合い頂いてすみません。
いくつかこの夢で判明したことがありまして、それはMUのブログさんのバックにいるのが、どうやら宗教関係者らしいのですね。このブログは毎日800近いアクセス数があって、ブログ開設時を見てもそれ以前にも活動をされていたような感じなので、そこそこ知られた方なのかもしれません。

ブログの中で高名な方の講演会でアセンションの話が出てきたり、日本が神の国であるといういろんな著作の詳しい内容を書いていたりします。政治などの動きにしても、何か情報筋があるようです。また、旦那さんがとある地元の小さな宗教に参加している、と書いていたこともありました。その旦那さんの肺炎がうつったようです。


私はちょっと甘かったです。アセンションと宗教の関係、スピリチュアルと宗教の関係。日本の歴史と今後の世界、それに対する宗教のスタンス。どれも甘く考えていたようです。今の世界が崩れて行くなら、やがて一緒に消えて行くものだと楽観してました。別に信じなければ、全く自分とは関係ないと想っていたのです。

とある予言で去年の今頃宗教の勧誘が激しくなるから注意した方がいいとありました(ちょっと面倒なのでここから口調を戻します)。実際はそんなことはなかった?ようだけど、宗教の勧誘というのは、私たちが知っているやり方ばかりではなかった。

私は本当に甘く見ていたというか、誤解していたのかもしれない。宗教の本当の目的は、信じさせ魂を取り込むことだった。お金でもない、権力が欲しいわけでもない。そういう世俗的なことが批判の槍玉に上がるけど、宗教にとってそんなのは後からついてきたオマケでしかなかった。

ネットや書物を通してアセンションだとか宇宙船だとか、そういう予言やスピリチュアルなメッセージというのは、彼らの言うことを信じて魂を取り込むことをを目的としているから、そこには信仰の言葉も教祖も何もいらない。そういうのはもう誰も信じなくなって来ているし、そういうものを信じない人に向けて用意されたものでもある。だからお金も取らないし、勧誘もない。ただ語りかけてくるだけ。ただ信じてもらえればいい。

ネットでの宗教の勧誘は、むしろ宗教と相対するような形で行われている。宗教と対立するようなスタンスで、宗教に批判的な、騙されない人たちを逆に取り込もうとしている。

巨大掲示板のオカ板なんてほとんどそのどちらかの人種が跋扈していて、能力を使って巧みに取り込んでいる。先が見えない時代こそ終末論を使って取り込むことができる。

なぜ魂を取り込みたいかというと、それが彼らのエサなんだろうなと想う。信じる力、夢を叶える力、そういう精神的なエネルギーがこの国を作ってきたから、この国を支えるために、この世界のために、引き続き同じことをするのだろう。

ブログ主さんが弱ってしまったように、それをしないと彼らは存在し続けられないのかもしれない。本当はそれをしているから弱ってしまっている、というのもあると想うんだけど。

休養してエネルギー補給をしようと信じていない私の所にパトロールという名の厄払いに来たのか。
たまらないなーもう (ー"ー )

ヤクザ男は、高校の時の体育教師だった。なんの想い出も関わりもない先生がなぜ出てきたのか。
確かにヤーさんみたいな風貌だったけど、もしかしてそうだったのかな。
私の知らない所でいろいろリンクしているんだろう。

宗教とヤクザの繋がり。太陽と北風。甘い言葉と脅し。その両方が裏で繋がっている。
ああ、芸能界も入っていたな。


ヤクザと新興宗教はクスリで繋がっていて、芸能人は宗教によって持ち上げられていて、それら全部従来宗教の下部組織みたいなものかも。オ○ムシスターズと48シスターズは喜び組か。


もう二度とあのブログは読まない。

2012年9月19日水曜日

やったことはばれる

いくつかの夢を見ていて


その中でも強烈におぞましい夢もあって  (- -;;)


その夢をキャンセルするために   寝起きの布団の中でボーっとしてたら


突然あるイメージが出てきた





私の近所のある地域に


二階建ての建物が   中で二つに分かれていて


二世帯が住む   テラスハウスと呼ばれる集合住宅地があった


そこはすぐ裏に   団地の高い建物に囲まれていて


夢の中で


テラスハウスの上に   無数のハンド(手)が見えて


厄をポイポイしていた




見えるのは手だけで   それが誰のものか


どこから来たのかわからない






西芦屋テラス(兵庫県芦屋市)



テラスハウスの地域は、よく考えてみたら四方を団地や学校に囲まれた出口のないような場所だった。
ただその地域は広かったので、閉塞感はなく、テラスハウスと言うように敷地内に隣戸との境を作る壁も門扉もなく、どことなくアメリカのように開放的なイメージさえあった。私にはちょっとした憧れもあった。

だけど、随分前に、昔に、そんな明るいイメージがあったテラスハウスに、そこに住む男の子が部屋で首を吊って亡くなったという話を聞いた。
そしてまた、数年前に、障害を持つ兄を持つ弟が父が亡くなった後、交通事故に遭って亡くなったと聞いた。まだ若いのに一家の家計を支えねばならず、仕事の帰り、酔った足取りで、車の前に飛び出したらしい。辛かったのだろう、耐えられなかったんだろうと母は話していた。残された母は、大そう悲しんでいたらしい。


夢の中ではテラスハウスの住人が、互いにポイポイし合っているのかと想ったけれど、背後の団地が壁のようにそそり立っていて、もしかしたらそこは、団地の厄が階下のテラスハウスにポイポイされているのかもしれないと想った。団地のベランダはちょうど揃いも揃ってテラスハウスに面していた。

アメリカ映画で、上の階の住人が外にゴミを捨てたりするシーンを見たことがある。引っ越しの際、部屋から外に要らないものを捨てていたり。私の知り合いも東北から出てきたばかりのとき、二階の住人が捨てるゴミに悩まされたと言っていた。つまり、上の階に住む住人は、どこかそういう無頓着さを階下に対して持つのかもしれない。

現実でもそういう感覚があるなら、無意識の世界でも同じことが起きていると考えても不思議ではない。むしろ無意識の世界でそういう行いをしているから、それが現実でも形となって現れる。現象化すると考えた方が自然だ。

テラスハウスの不幸は、その地域が四方八方全部を団地や学校で囲まれていたことかもしれない。それはもうまるでゴミ箱のように、出て行く場所がない。多分風水で住む場所を占う時、四方を高い建物で囲まれたような場所は、よいとされない気がするし、風水が重要なのは、とても当たるのは、気の流れが住人の厄払いと大きく関係するからかもしれない。

その地域が凹んだゴミ箱となってしまえば、底辺にされてしまった同じテラスハウスに住む住人同士のポイポイも激しくなる。出口はないのだから。

住む場所には気を付けたいものだ。新興住宅地は、家を買うにも借りるにも公団の分譲や公団住宅の入居の権限は抽選で、全部お役所が握っている。手に入れるだけでも大変で「役所の人間には一番いい情報が行く」と母は忌々しそうに言っていた。

自然の恩恵を考えたら、大地に近い1階に住むのが一番いいはず。人間は地面に近いほど心も安定するし、長生きするというデータも出ている(高い所に居ると、自然と心拍数が上がるらしい)。それでも高い所に人が住みたがるのは、建物が立ち並ぶ街では低い階層は厄を押し付けられやすいということを無意識に感じているのかもしれない。


市営甲子園九番町住宅(兵庫県西宮市)


50’s テラスハウスコレクション
上の写真はこちらからお借りしました。こちらのサイトは50年代の古いものが多いのですが、私の近所はもっと新しい時代のものでした。玄関前や周辺に緑が多かったのは一緒で、緑が擁壁の代わりとなって周囲との緩衝材の役目を果たしている。この緑が結構重要で、引用したサイトさんも、理想は「建蔽率≦緑地」だと言っています。 

古い時代のものほど、長屋のように見える。狭い軒先にも緑が育っている。


阿佐ヶ谷住宅

懐かしい風景を想いだす。こんな風に緑が多い低層住宅は生活環境としてはむしろ恵まれている。

2012年9月18日火曜日

形に宿る想念

上野周辺




最後にかなり電波なことを   想ったので書いておくと


夢で見たエリアは


上野を基点として   浅草   浅草寺まで広く


秋葉原に向けて   先細りしている形だった



隅田川と神田川にぶつかる地点を結んだようにも見えるけど


地図を見ながら夢を想い出してみると


上が膨らみ   下が先細るその形は


南米大陸のようで   そして想い出すのは


以前夢に見た   ナンの形をした雲のことで


不思議に想って   ナンについて調べてみた



ナンの奇妙な形は


象の鼻を表したものだとか   インド大陸を表したものだとか


諸説あるけど


恐らくタンドールという縦長の窯に張り付ける時


やけどしないように  丸めた濡れたタオルの上に生地を置くので


伸びた生地が下に下がって


あの奇妙な形になるのではないかという説が有力だ



もともとナンは   北インドだけで食べられていた宮廷料理で


窯を必要とするので   家庭料理でもなく


またあの形で店に出すのは なぜか日本だけらしく


その理由はわかっていなくて


来日したインド人もびっくり!らしい




北インドといえば   ブッダの生まれた地


その地の宮廷料理だったということは


日本だけで食べられている   あの独特の形は


その時代の食べ方を   わりと忠実に継承しているともいえる


仏教発祥の地であるインドは   今ではヒンドゥー教やイスラム教が多勢を占め


仏教が西へ伝来して発展したことを考えると


仏教がインドから消えたように


ナンの食べ方も  インドではなく   日本で広まったのは


ナンのあの奇妙な形は


仏教の想念が   強く表れているせいのように想えてくる




インドではナンよりも   フライパンで焼ける丸いチャパティーの方が一般的で


多分ほとんどの人が   ナンというものを知らない


味はやはり   ナンの方が贅沢で


もちもちしていて   美味しくて


焼いた後もバターを塗ったりオイルを塗ったりするので


それがやはり   高級料理だった所以だと想う




私はあの形を夢で見たせいで


しかもそこには   墨で書かれた呪いのような   写経のような文字があって


あの形には何かしらの意味があるような気がして


アフリカ大陸   南米大陸   インド大陸


似た形をしていて


これが人の潜在意識に   何かしら訴えるものがあるんじゃないかと


想っていたけど


むしろ


日本にだけ残って   伝わっている


北インド由来の宮廷料理の食べ方は


まるで日本に   仏教の呪いが強くかけられている


釈迦の想念の


証のせいかもしれないと想い始めていて


浅草のあの地域に


同じ形をした夢を見たのは


あの地域に  浅草寺を中心として


釈迦の想念が乗っているような気もするのだ





ナン


ナンを食べないインド人!?
ナンのあの形の謎
ナンのレシピではなく、チャパティのレシピ


浅草寺wiki
『浅草寺縁起』等にみえる伝承によると、浅草寺の草創の由来は以下のとおりである。推古天皇36年(628年)、宮戸川(現・隅田川)で漁をしていた檜前浜成・竹成(ひのくまのはまなり・たけなり)兄弟の網にかかった仏像があった。これが浅草寺本尊の聖観音(しょうかんのん)像である。この像を拝した兄弟の主人・土師中知(はじのなかとも、「土師真中知」(はじのまなかち)とも)は出家し、自宅を寺に改めて供養した。これが浅草寺の始まりという。

本尊の聖観音像については、現在の埼玉県飯能市岩淵にある岩井堂観音に安置されていたものが大水で流されたという伝承がある。



浅草寺HP
・・・広漠とした武蔵野の一画、東京湾の入江の一漁村にすぎなかった浅草は参拝の信徒が増すにつれ発展し、平安初期には、慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)さま(794~864、浅草寺中興開山・比叡山天台座主3世)が来山され、お前立のご本尊を謹刻された。

鎌倉時代に将軍の篤い帰依を受けた浅草寺は、次第に外護者として歴史上有名な武将らの信仰をも集め、伽藍の荘厳はいよいよ増した。江戸時代の初め、徳川家康公によって幕府の祈願所と定められてからは、堂塔の威容さらに整い、いわゆる江戸文化の中心として、大きく繁栄したのである。かくして都内最古の寺院である浅草寺は、「浅草観音」の名称で全国的にあらゆる階層の人達に親しまれ、年間約3000万人もの参詣者がおとずれる、民衆信仰の中心地となっている。


推古天皇の時代からある都内最古の寺院で、鎌倉時代から支配者の後ろ盾となって、江戸東京の繁栄の牽引役となっていたようだ。ここが、この周辺エリアが、東京の『ネジ』のような場所に映る。


ところで埼玉県飯能市岩淵の観音像が流れ着いたという伝承について、wikiでは

浅草寺創建より100年程前に、岩井堂観音に安置されていた観音像が大雨によって増水した成木川に堂ごと流され、行方不明になったという伝承が残されており、この観音像が成木川から入間川、荒川を経由して隅田川に流れ着いたと伝承されている。下流にて尊像発見の報を聞いた人々が返還を求めたが、かなわなかったという伝承も残っている


埼玉県飯能市岩淵の岩井堂観音


これをズズッと縮小すると成木川沿いであることがわかり、さらに大きな地図で見ると狭山市に繋がり、それがこの前紹介した記事の入間川-荒川ラインに繋がることがわかる。隅田川は荒川から分かれている。

成木川というのは、地図を見ると入間川の源流になっているのがわかる。つまり、ここにあった仏像が川の流れで浅草まで運ばれ、そこで開祖することで結界が張られたのかもしれない。仏像を返さなかったのは、付け替えの始まりともいえる。

この前見た夢と多少なりともリンクしているので少し興奮している   (゜ロ゜;) ヒョオォォ!
こうやって地脈水脈が霊脈となって、やがて結界が作られていくんだなあ・・・。


ちなみに雷門は松下幸之助の寄進によるものであることは有名。あの会社の発展とここのエネルギーは密接な関係があるかも。現在パナ(だけじゃないけどね)がかつてない苦境に陥っているのは何を意味するのか。繋がりはどんな流れになって行くのだろう。

先日負傷して長期離脱を余儀なくされた芸人さんの代わりに仕事が3割増しになったというとある芸人さんは、最近浅草に引っ越していたことがわかった→内さま#142   なにかジンクスでもあるんだろうか。

2012年9月17日月曜日

孵化する卵

下町の人が   スカイツリーの経済効果を期待して喜んでいるのは


本当は


厄払いができることを喜んでいて


水辺が多いこの地域は   怨霊さんが現れやすくて


たくさん留まっている




上野発の夜行列車降りたときから~~~~♪



上野は東北への玄関口として   ずっと


東北と東京   信越と東京を結び


東日本のエネルギーが   真っ先に東京へ流入される場所


私は学生の頃   この周辺が大好きで


それは上野のアメ横や   不忍池   下町情緒   人情に


とても憧れていて   下町散策をしたりして


いつか下宿したいとさえ   想ったものだ




不忍池

縄文時代ごろ、この辺り一帯は東京湾の入り江であった。その後海岸線の後退とともに取り残されて、紀元数世紀ごろに池になったと考えられる。

1625年、江戸幕府は、西の比叡山延暦寺に対応させ、この地に寛永寺を建立した。開祖である慈眼大師・天海は、不忍池を琵琶湖に見立て、竹生島になぞらえ弁天島(中之島)を築かせ、そこに弁天堂を作った。





上野が東北への玄関口になったのは


不忍池があって   それは琵琶湖を模していて   


京の都の繁栄を   付け替える場所でもあって


ここら辺は不忍池が   エネルギータンクとなり


ガソリンスタンドのようになっていたわけだ





このエリアのすぐ西   南寄りの方には


東京ドームがあって   ドームのあの丸みは


夢の中で見た   この地で甦る魂の様子と


よく似ていて   ドームが光を放って


卵のように孵化して   やがてそこから甦る巨人が出てきたのだ



こればたかが夢の話だから


記憶を全部繋げただけじゃない?


漫画の読みすぎ   AKIRAのせいじゃない?


そう言われたら   ぐうの音も出ない・・・




私にはもう   東京ドームが   やがて孵化する卵のようにしか見えなくて


そういえば東京ドームは   ビッグエッグと呼ばれていたことを


改めて知るのだ



なんだがバカバカしいけど   ビッグエッグを   ホームグラウンドにする野球チームが   


巨人・・・って今気が付いた  (-_-;)


なんかもう・・・どうしよう   


これまで書いてきたことのオチがこれだったらwww






なんであそこに卵を置いたんだろう


いつか甦ることを示して


巨人の卵はもう孵化していて


なのにそれを誰も   恐れていないのは


彼らはすぐそばに卵があることを


すっかり忘れているから




ロンドンオリンピックの開会式でやっていた


巨大な赤ん坊が出てきたショーは


巨人がもう   ベビーがもう


生まれつつあることを   示しているのかもしれない





夢で見た   中心は上野   上野駅


だけど夢に出てきた住人達は   


上野の力を操っているのは


上野の東にある   隅田川までの


浅草の人たち


私が夢で見たエリアは   上野を軸としているけど


地図を見ればわかるように   そのほとんどは浅草だった


そしてここの住人が


潜在的に   この地のエネルギーの継承者であり


操縦者でもあった




下町の人は   ここの人たちは


貧しいようで貧しくはない


そういう体をしているけど


ここにはエネルギーがたくさん集まってくる場所


その力で


浅草の演芸  芸能が賑わった


当時はまだ   芸能とストリップ小屋は   商業劇場として


居を共にしていて


多くのスターを輩出して


現在の芸能界の起点となったとも言える





ふと


この地の生れである芸人が


長年   この世界で莫大な人気と収入を得


一方で   目も当てられないような暴力映画で


世界的に高い評価を得ているのは


この地で起こった過去の記憶が   呼びさまされるからだろうか


それは征服者にとって  


血沸き肉躍る   過去を彷彿とさせるのかもしれなく


スペイン人がトマト祭りに熱狂するように


侵略者の血は   潜在的に


あの狂気を忘れることができない


そしてその狂気を表現することで


それは想念の世界に脅しをかけていて


未だに見えない世界の虐げられた魂たちに


恐怖を呼び起こし


彼らの末裔たちに


再び悲劇が訪れないよう   祟ることもできずに


ただ静かに佇んでいる様子が


なんとなく想い起されるのだ





そういえば


私はテレビの懐かしの映像で


きんちゃんが二郎さんに


飛び蹴りして突っ込むコントを見たシーンを


なぜか今でも覚えていて


いくら昔のコントとはいえ   


その暴力的な突っ込みに


一種の狂気を感じて   戦後は戦争時の狂気を引きずって


当時はそれで笑いを取っていたのかもしれないけど


いわゆるいい人と言われている人の別の側面を


垣間見た気がして   両親に訴えても理解してもらえず


未だに忘れることができないでいる





子供の時から   寅さんの映画を観ていた(観させられていた)から


寅さんのことには興味があって


ストリッパーさんたちに養われていた彼は


三枚目だけれども   若い時は二枚目だった


雰囲気がきりっとしていた   と聞いたことがあって


モノクロの   デビュー当時の映像を


一瞬観たことがあるけど


それはどうしても   任侠者の   鋭い風情にしか見えなかった


考えてみたら   国民的映画になった寅さんも


初期のころは   テキヤのやくざ者として


映画の中で   激しいけんかを繰り返していた


後期はまるで   仙人のように   拝まれたりしていたらしいけど


私はなぜか


浅草芸人の狂気を   大スターとなった彼らの別の顔に


違和感を抱えていて


芸人というのは   そういうものが乗り移りやすく


浅草とは関係ないかもしれないけど


なぜかこの地が最も繁栄したのは


東北からやって来た多くの若者が   上野駅に降り立って


下町の工場に集団就職した時期と重なることを


想い起させるのだ





ついでに想い出したけれど


夢で見た住民たちの姿は


主婦のようで


どことなく   サザエさんを想い出したのは


作者の名前が「町子」といって   下町を想わせるせいかもしれない


このホームアニメが長く続いているのも


海の名前をもつ家族のせいかもしれないけど


夢の中で見た住民たちに   私は


偽善   欺瞞しか感じられず


それを子供向けアニメとリンクさせるのは


複雑な気分になってしまう




上野周辺

2012年9月16日日曜日

巨人となって甦る

個人的な夢


登場人物が身近な人だったり


学校   会社   電車の中


強く囲いを意識させる夢



そんな囚われの夢の間に


まるで割り込むように   一瞬だけ   ビジョンを見る


以前見た四国の山   古代スペイン文明&アフリカ文明


地図が出てくる夢は


そんな風にして現れる





今回の夢もそんな感じ



場所は東京   上野   山手線が見えて


上野周辺の地域が   すっぽり切り抜かれる


確認するため今   マップを見たら


夢で見た上野と   方角が違う


アースで確認してみたら


驚いた



地図ではどれも   北を上にして表示するけど


夢で見た上野エリアのビジョンは


私が住んでいる所の方角から


見えるものだった



私がそんな風に上野を見ることはないから


この夢は   私が居る土地が   見せてくれたのかもしれない






上野駅を中心として   北に少し


西に少し   そして


東に広く   南に向けて長く伸びたエリアだった



北は鶯谷か日暮里


西は不忍池ぐらいまで


東は多分   浅草まで広く


南は神田川で止まり   秋葉原まで伸びたエリア




この地域が切り取られて   この形のというか


これが一つの大きな魂となって   ドーム型に丸く膨らみ


巨人が生まれる


巨人がこの土地から蘇ろうとしている




すると


この地域に住む住民が集まって


噂話をしている   姿が現れた





巨人が出てくるんですって


ここから巨人が蘇るんですって






住民たちに危機感はなく   他人事のように話に興じるのは


まるで   アメリカの驕りのようだった


強い者は   そんなに簡単に脅かされない


彼らはそれを知っていた


そして住民たちの   そんな驕り   様子から


私は   彼らが偽りの者であることに


気が付いて   目が覚めた





住民たちは   江戸っ子として


下町に   まるで古くから住んでいる   地元民のようにしているけど


実は彼らの先祖は   この土地の征服者で


下町といわれるこの地域


江戸の繁栄を享受したこの地域に


寄り集まって   まるで養分さんのように暮らしているけど


実はこの土地には   ほとんど養分さんの魂は残っておらず


侵略者がやってきて   征服したときに


この土地に何千年も住んでいた   多くの魂が


ほとんど根絶やしにされるが如く   殺されたようだった


そして彼らに成り代わって


多くの征服者の魂が   


何食わぬ顔をして   その土地を継ぐ者として


彼らの代わりに   彼らの振りをして


まるで彼らのように   住み着いていた




そんな夢だった






下町には昔から   犬よりも猫が多くて


住宅事情のせいもあるけど


なんとなくそれが気になっていた



座に就く者と   底辺に居る者たちは


犬を飼わない


情報を得ようとする者たちは


猫を飼う






上野周辺




縄文の魂   この地に居たものたちの魂は


ほとんどこの地に残っていない



ショックだった



平和ボケしている頭には


そんなひどいことが起きていたとは


なかなか信じられない


なぜ殺さなければいけないのか


その理由が感覚的にわからないから



無法地帯   血に飢えた獣たち


ある種の集団ヒステリー


殺戮は行われる


血は血を呼び   快感が侵略者にみなぎる


征服者にとって   殺しは快楽




後世に伝えられることは


平和な世の中になって   動乱を制定した功績ばかり


治世を湛える賛美しか残さない


戦はそのためにあった   最低限の犠牲として


わずかな記述に留められる


古代に遡るほど   書にしたためることもなく


残されているのは神話だけ


英雄神話   国造りとして   美化される



口承では


凄惨な過去ほど   口をつぐむようになり


やがて悲惨な事実は


深く深く   遺伝子のレベルまで沈んで


もはや誰も   想い出すことさえできない




たった数十年前でも   大量殺戮は


大義名分のもと   ときにはそれさえなくても


当たり前に行われていた


たった数十年前まで   いや現在でも   世界のどこかの国では


信じがたい虐殺が行われている


それが人間の   人類が営んできた   当たり前の歴史なのだ


敵と見なしたものは容赦なく死に至らしめ


尚且つ魂までも奪い取る  


それが数千年に渡る   人類が繰り返してきた歴史




平和ボケした頭には   想像を絶するほど


怨念の数々   怨霊の怨みは


溜まっていて


それはどれだけ悲惨な過去が


忘れられているかを示している


そして私たちがそれを   忘却の彼方に追いやるほど


数ある願望達成や   呪いの術と同じように


忘れたころに発動する


平和なときこそ   地下に眠った呪いの力が


動くとき


私たちが教育によって   偽りの歴史を信じ込まされ


彼らの存在を完全に忘れ去った頃


彼らの望みが実現する







スカイツリーは   夢で見たこの地域の川向う


すぐ近くにある


スカイツリーがここに建った理由は   溜まった怨霊さんを


他へ飛ばすためでもあったかもしれないのに


私にはこの地から   巨人が蘇ろうとしているのが見えた


それは


個々の怨霊さんが集まって   巨大な姿になったもので


本当は


それぞれの怨霊さんが   一つに集うつもりなどなかったのだけれど


スカイツリーのせいで


吸い寄せられて


一つに集められて   増幅し   それが巨大な塊となって   


より一層大きな姿になって   現れるのが


見えた気がする






大きな地図で見る




関係ないけどこんな記事が


<アイヌ民族>子孫3人、北大を提訴…収集の遺骨返還求め


今でも正当な扱いを受けられない先住民たち


犬呼ばわりされた彼らが   その昔


大昔に   一体どんな目に遭ったか


彼らの怒りは   ずっと続いていて


戦いはまだ   終わってはいない

2012年9月13日木曜日

鳥の巣の上の世界

書こうかどうか迷ったけど


一応メモ代わりに記しておく




夢の中で   私は庭のようなところに居て


オムツをつけた   男の子の赤ん坊の


面倒を見ていた



その庭は   どこかア○ラックのCMの


アヒルが出てくるような庭に近くて


庭なんだけれども


人工的なセットのような気がした


だから坊やの面倒を見ながらも


庭のあちこちに穴が開いているのが


不思議じゃなくて


私は坊やが   芝生の下の   いくつもの


亀裂のように開いた空洞に


落ちないよう見張っていた


坊やが穴の一つに落ちたとき


腕を引っ張って   引き上げたんだけど(随分乱暴だなと夢の中でも想った・・・)


その穴の下には


黒い羽根をした   オレンジ色の嘴の


雛鳥たちが   無数に居て


皆こちらを見上げていた




そう   この庭の下には


いくつもの空洞があって


そこには   黒い鳥の群れが


見上げている



私はゾッとして   目が覚めた





TVセットの庭ツバメの雛


鳥は空に居るはずなのに、なぜ土の下に居たんだろう。そしてあの嘴が、無数の嘴が自分めがけて向いている。
かなり怖かった・・・。鳥は痩せてて小さかったから、鳥自体は怖くなかった。雛鳥にしては大人な体型だったからもしかしたら親鳥かもしれないけど、それにしては細く、こちらを襲ってくるわけでもないし、鳥は穴から出ようともしていなかったから、雛鳥だったのだろう。鳥が怖かったわけじゃなかった。ただ庭だと想った地面の下に鳥がたくさん居たことが恐ろしかった。

私が庭だと想っていた場所は、雛鳥の巣の上だったのかもしれない。だから庭なのに、どこか人工的な感じがしたのだろう。TVセットの中に居るみたいだった。

庭だと想っていた場所が、TVのセットが、実は雛鳥の巣の上ってどういう意味!?


関係ないけど、実体はかなりヤバそう↓
アフラックの“欺瞞”にメス 金融庁が前代未聞の長期検査

アメリカの保険会社がまさか利益の7割を日本頼みとは。怪しい会社だとは知ってたけど、今や日本が生命線ってことか。


鳥の巣といえば、北京オリンピック。そんなかの国で地震が。
中国南西部でM5級地震相次ぐ、64人死亡


うーん。なんかどれも弱いというか。大して関係ないような。

ふと想ったんだけど、私たちの世界は、鳥の巣のようにもろい土台の上にそこに詰め込んだ魂のエネルギーを支えにして築かれているのではないだろうか。黒い鳥の雛はエネルギーの詰まった養分さんの赤ちゃんってこと?とにかく地面から無数の黒い雛鳥が覗いている姿は鳥肌ものの恐ろしさ(><)

あーこれ地震に対する恐怖もあるのかも。なにせ随分地面がふかふかで、そんな脆い地面の下には無数の雛の魂があるという・・・。やっぱり中国の地震のことだったのかな???(一応夢は地震を見る前)

逆にいえば、中国の地震のことだったほうがマシというか。ふと、海に沈んだ大陸の無数の魂の阿鼻叫喚が想い浮かんだ。プレートのことばかり書いていたせいか。最近は他のブログでも似たような記事があるし。地中に埋められた魂の叫びでないといいんだが・・・。


地下にいるたくさんの黒い雛鳥たちが、地表に空いた穴から飛び立った時、世界はガラガラと音を立てて崩れるかもしれない。



とりあえずメモがわりに掲載。いつかわかればいいんだけど  (^^;

やっぱり鳥はあの嘴が怖いとあらためて実感・・・  (><)

2012年9月8日土曜日

スペインとエジプト

夢の中で


古代エジプト文明


古代スペイン文明


という言葉が聞こえて


地中海周辺の地図が現れて


エジプトとスペインの場所が白抜きされていた




エジプト文明があるのは有名だけど


スペイン文明って???


ぐぐってみると


スペイン洞窟壁画が最古か=新年代測定で4万800年前



スペインにあるアルタミラの洞窟の壁画は


ネアンデルタール人によって描かれたもので


スペインには他にもいくつか壁画のある洞窟が発見されているらしい


ヨーロッパで最古のものだとか




ヨーロッパの文明といえば


ギリシャ・ローマ文明が発祥となっているけれど


それよりもっともっと古く   古代に


スペインに何かあったのかもしれない


アルタミラの洞窟に描かれた家畜たちの絵は


その頃人類が   牛や馬などを飼って


家畜と共に生活していたことがわかる


食糧となる動物を見分け   生産し   家畜とすること


その知恵や経験を積み   継承するには


そこに共同体を有する社会が   成立していたことがわかる



ネアンデールタール人が描いたとされる


スペインの壁画は   旧石器時代のものらしい


だけど   もしかしたら   そこには


私たちが想っているよりずっと


高度な文明社会があったかもしれない





高度というのは   必ずしも後世に残ることを意味しない


発展の方向を誤って   滅んでしまう文明と


一万年続いた縄文時代と


どちらが高度と言えるだろうか




それにしても   私の夢にはどうしてスペインばかり登場するんだろ・・・



全く想いも寄らなかったけど


スペインとエジプトには


同時期に何か起こった?


何かしらの関連が?あるような気がした



もしかしたら   アルタミラ洞窟の時代は


スペインの縄文みたいな時代だったのかな


それとも   古代エジプトの時代に


スペインに何かあったのかな



スペインの旧石器洞窟壁画の一部は4万年前超


同じニュースで   学者の方の解説によると


ネアンデルタール人である証拠は乏しく


アフリカから渡って来た   現生人類である可能性だとか



古代エジプト前史は   紀元前3万年頃   祖先が南の方から移住してきたらしいけど


1万年頃   定住が始まり


定住 →  牧畜  →  農耕  →  集落 


の順で紀元前4500年前まで発展して行って   その後王朝が作られたらしい


スペインで壁画を描いていた頃と   時期的に被りそうな  




エジプトとスペインって   下の方で繋がっていたりして






altamira.jpg
フツーにうまいと想う

アルタミラ
この手形は10代の少年のものらしい。親指が随分長い。

ラスコー
これはフランスのラスコーの壁画。一番気に入った。イラストとしても十分価値アリ。真ん中にイスのような台のようなものが見える。

2012年9月7日金曜日

みさきのたましい

少し大きめの太陽フレアが発生したその夜  


ちょっとだけ夢を見た




夢の内容は   過去の記憶や人物


雑多なものがごちゃごちゃしてて


書くほどのものではないんだけど


その中で私は


教室のような所で   問題を出されて


「廃墟となる場所を書け」


というものだった


その問題は難しいものではなく


��っつほど例を挙げるんだけど


一つ目は全員正解していて   そこは


川島町だった


二つ目はもしかしたら?


狭山市だった


三つ目は覚えていない





特に意味があるような夢じゃなかったんだけど


川島町!って随分強く言われたので


書いておく


そして夢の中で教室の後


生徒たちが皆で真夜中に   線路沿いをだらだら歩きながら


どこかの駅に見学に行った


そこは廃墟どころか   透明なエレベーターがある


ピカピカの駅で   どこの駅かはわからないけど


終着駅であることは確かだった





川島町・・・・ってどこだったっけ


埼玉の南の方じゃなかったっけと想っていたら


川越  大宮の隣だった


廃墟になるほど   何かがある所でもない


田んぼばかりの   地味ーーーーな田舎・・・


だけど案外こういう所が   昔のままの面影を残して


想念の世界で   この辺りに


過去に何かあったかのかもしれない?


ただの夢からは何もわからんー





この町は   荒川の上流にあって   


入間川が流れ込む   合流地点だった


地図で見ると   川島町という名前のごとく


北と南が   両川に挟まれている


ふと想ったのは


江戸   東京に流れ込む


荒川の上流にあるのなら


ここから川下に


いろんなモノを投げ込むことができただろうな


ここが何かの基点


水の流れ   川下の流れを支配する


想念の世界での   何かの基点かもしれない


ただふとそんなことを   想った





狭山市はなんでだろう


調べてみたら


川島町で荒川に合流する


入間川の上流にある地域で


地名にも   狭山市入間川という所がある


狭山市駅は昔は   入間川駅だったとか


気が付けば


川島町と狭山市は   川越市を挟んでお向かいさん


それが入間川を通して繋がっているのか


この入間川は不思議?なことに


埼玉の南から北上して   荒川に合流している


恐らく秩父山脈から流れ出る水が   


武蔵野台地の周りをぐるっと回って


まるで囲い込むように


海抜の低い大宮周辺に   縄文時代は海だった場所に


流れ込んでいるのだろう





なんとなく   この二つの川が


関東の   いや多分    さいたまの   


結界の一つのような気がした


そしてそれが本当に結界だったとしたら


この川に近い町に


何かしらの変化があるかもしれない





入間ー荒川
入間川-荒川のライン。立川まで伸びると西武線がすっぽり入る


入間川
古くは荒川は東寄りの現在の元荒川を流れ当時の利根川に合流しており、入間川は単独で下流の隅田川へと流れていた。江戸時代の1629年に荒川の付替えが行われ、熊谷市久下から現在の荒川合流点まで開削し、現在の流れが形作られた(利根川東遷事業も参照)。

利根川の東遷
利根川の東遷は、江戸時代の最初の将軍(徳川家康)の命令で行われました

東遷事業の目的は、江戸を利根川の水害から守り、新田開発を推進すること、舟運を開いて東北と関東との交通・輸送体系を確立することなどに加えて、東北の雄、伊達政宗に対する防備の意味もあったといわれています。

東遷の工事は、当時栗橋付近から江戸湾に流れていた利根川の流れを東に移し、台地を切り通して赤堀川としたほか、常陸川と多くの湖沼を結びつけて銚子に流すものでした。

いまの利根川の流れは、人の手により東へ流れを変えてできたものです。江戸時代に少しずつ東へと流れを移し変える大工事が、約60年間にわたって行われました。これを東遷(とうせん・東へ移すこと)と言います。それまで東京湾に向かって流れていましたが、人々の努力によって現在のように千葉県銚子市で太平洋に注ぐようになりました。


利根川東遷事業wiki
これらの一連の河川改修により、東北から江戸への水運には、利根川を使うことで危険な犬吠埼沖の通過や房総半島の迂回をする必要が無くなり、利根川は、大消費地江戸と北関東や東北とを結ぶ物流路として発展した。この水運路は鉄道網が整備される明治前半までは流通幹線として機能していく


利根川




さいたまは   東京から東北へ向かう   玄関口でもあり


また   東京のベットタウン   東京へのエネルギー供給地として


発展した


人口動態など   統計上の数値を見ても


他のベットタウンよりも   東京への依存度が高く


もともと東北への防波堤として


エネルギーの付け替えの地として


役割を負わされていたのかもしれない





利根川を銚子へ流したのは   付け替えたのは


東北の力を恐れてのこと


江戸に張った結界は


東北の力をダイレクトに受け切れず


ほとんどを銚子へ集めて 


わずかに東京湾に流して


そうやって


東北から受ける力の流れを   かわしつつ


力を取り込んでいたのかもしれない




さいたまには


西武線と東武線があって


西武グループが運営する西武線は


鉄道事業と   その周辺の宅地開発による不動産事業を担い


このグループの頭取が世界の長者番付けに載るほど


栄華を極めた時代があった


西武線はどういうわけか


他の路線にとの乗り入れが悪く


駅を別にしている所が多くて


そのため利用者は別の路線に乗り換えるために街中を歩かされ


不便なことで有名で


利用者の利便性よりも


開発地の商売を優先する姿勢は


このグループの繁栄と


凋落を


表しているようで


同じさいたまでも


このエリアは   西という名の通り


東北の玄関口とはならず


また


東京へエネルギーを抜かれることも


少なかったようだ



もし西武線が他の路線へ頻繁に乗り入れたら


東京へ直接流れてしまっていたら


コクドによる西武グループの栄華は


きっとなかったと想う






まるで入間川ー荒川ラインの囲いに守られるかのように


西武線は   囲いの中を走っている





さいたまの東武線は


東の武   東の戦   東征


そのまんま   東の結界


エネルギーの通り道で


東京へ献上される





家康によって築かれた江戸の結界   利根川の東遷と   


家康が眠る日光へ繋がる   東武線


スカイツリーを東武線上に建てて


必死に維持しようとしているけれど


結界が破れてしまったら


水の道は


自然な形に戻ろうとするかもしれない




埼玉の「埼」の字は   崎と同じく


岬を意味する異体字で


玉は魂


古代この地は   海に面した岬が多く


岬は墓場として   多くの魂が眠る場所


蘇りの場所




それはずっと前から   予言されていたのかもしれない